偶数電子イオンのフラグメンテーション-3:マスシフト則(±0と+2)の例

LC/MS/MSによるプロダクトイオン分析で対象となる偶数電子イオンのフラグメンテーションの3回目、今回はマスシフトを伴う例について解説します。偶数電子イオンのフラグメンテーションにおけるマスシフトについてはまた別の機会に紹介しますが、直ぐに知りたい方は、故中田尚男先生が論文にまとめられていますので1, 2)、そちらを読んでください。前回に続き、アルギニンのプロトン付加分子([M+H]+)のプロダクトイオンスペクトル(図1)から、典型的な例を示して解説します。

Arg prodact ion spctrum

図1 アルギニンのプロトン付加分子のプロダクトイオンスペクトル

 

フラグメンテーションに関する基本的な考え方の一つに、¨フラグメントイオンと脱離する中性フラグメントは、両方とも有機化学的に安定な構造である¨、という事があります。今回の解説は、その事が特に重要になります。

 

1で観測されているm/z 116, 60イオンの生成について、推定フラグメンテーションを図2に示します。

 

Arginine Fragmentation_+2H

図2 アルギニンのプロトン付加分子からのm/z 116, 60イオンの推定生成過程

 

2回目の記事と同様、イオン化の際にプロトンが付加するのは2つの1級アミノ基のどちらかですが、低エネルギーCIDによって励起状態になった際にプロトンが移動し、グアニジル基の根元の窒素に移ったとき、このフラグメンテーションが起こると考えられます。正電荷に対して隣のC-N結合の電子が2つとも動くと、炭素は電子を1つ失った状態になるため、正電荷をもちm/z 116イオンが生成します。このイオンはそのままの構造で安定であるため、マスシフトは±0です。これは、以前の記事に書いたアンモニア脱離と水脱離によって生成するイオンと同じです。

一方、同じ結合の電子が1つだけ正電荷に向かって動くと、グアニジル基側が正電荷をもちます。しかし、これはラジカルカチオンで構造的には不安定なので、このままでは検出されません。このイオンが安定化するために水素が結合し、結果としてm/z 60イオンが生成します。偶数電子イオンのマスシフト則は、イオン化していない中性の構造において結合を切断し、その構造と実際に検出されるイオンとの質量(m/z)差を示すので、ここで取り上げたm/z 60イオンについては、マスシフトは+2となります。マスシフトは、主として生成するフラグメントイオンを安定化させるために起こると考えられており、この事はフラグメンテーションを考える上で重要ですので、是非知っておいてください。

 

文献

1) H. Nakata, J. Mass Spectrom. Soc. Jpn., 50(4), 173-188 (2002).

2) H. Nakata, J. Mass Spectrom. Soc. Jpn., 63(1), 31-43 (2015).

 

 

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エムエス・ソリューションズ株式会社
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