群馬高専時代の質量分析の研究:メタステーブル分解の観測による有機イオンの構造解析

私が質量分析を始めた頃からの話を、少しずつ書いています。群馬高専で最初に使った質量分析計の話は、以前書きました。

http://ms-solutions.jp/blog/465

 

今回は、群馬高専で行っていた質量分析の研究についての技術的な内容を書いてみたいと思います。この内容、仕事で出掛ける時に電車でコツコツ書いていましたが、3週間位かかりました(((^_^;)

 

現在の質量分析計はデジタルデータを扱いますが、当時の質量分析計はアナログデータでした。そして、アナログデータを扱う磁場型質量分析計ならではの測定法があります(他にもできる装置はありますが)。それは、イオンのメタステーブル分解を観測する方法です。

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群馬高専で使っていた装置と同世代の質量分析計

 

メタステーブル分解とは、フラグメンテーションの一種です。質量分析計の中でイオンが開裂することをフラグメンテーションと言い、状況に応じて、インソースフラグメンテーションとポストソースフラグメンテーションの2つに大別されます。

 

  1. インソースフラグメンテーション

例えば電子イオン化では、殆どの有機低分子のイオン化ポテンシャルが10 eV前後であるのに対して、通常70 eVの電子線を気体分子に照射します。イオン化ポテンシャルより大過剰のエネルギーを使うため、分子が電子を1つ失って分子イオンになる他、分子内の結合が開裂してフラグメントイオンになる場合もあります。このように、分子のイオン化とほぼ同時にイオン源内で起こる開裂を、インソースフラグメンテーションと言います。

 

  1. ポストソースフラグメンテーション

一方、イオンがイオン源を出て検出器に到達するまでの間に起こる開裂を、ポストソースフラグメンテーションと言います。そして、ポストソースフラグメンテーションには、イオンに不活性ガスを衝突させる等で強制的に壊す方法(CID法)と、イオンが内部エネルギーによって自発的に壊れるのを観測する方法があります。

 

後者の、イオンがイオン源を出て検出器に到達するまでの間に、自身の内部エネルギーによって自発的に開裂する現象をメタステーブル分解と言います。

例えばEIでイオンを生成させる時、様々な内部エネルギーをもったイオンができます。内部エネルギーが高いイオンは不安定なので、イオン源内で即座に開裂します。内部エネルギーの低いイオンは安定なので、そのままの形で質量分析計内を飛行して検出器に到達します。

 

そして、壊れるか壊れないかギリギリの内部エネルギーをもつイオンもできて、それらの中には、イオン源を出る時はまだ壊れていないけど、飛行中に壊れるものがあります。

 

イオンが飛行中に壊れて断片化して2つに別れると、片方はイオン、もう片方は中性になります。飛行中にイオンが壊れる場合、開裂する時に運動エネルギーの一部を失うので、本来の同じm/z のイオンと違う運動挙動を示します。

 

私の好きなお酒の主成分であるエタノールの例で、もう少し具体的に説明しましょう。

 

エタノールの分子は、CH3CH2OHと表します。主同位体で構成される分子の質量を整数で表すと46です。これをEIでイオン化して、電子を1個失うと、m/z 46のイオンができます。これを分子イオンと言います。高い内部エネルギーの分子イオンは、イオン源内で即座に開裂して、m/z 15 (CH3), m/z 17 (OH), m/z 29 (CH3CH2) などのフラグメントイオンになります。低い内部エネルギーの分子イオンは、開裂せずに残ります。これらのイオンが一定の運動エネルギーでイオン源を飛び出し、そのまま検出器に到達すると、それぞれのm/z 値のイオンとしてマススペクトル上に観測されます。

 

一方、壊れるか壊れないかギリギリの内部エネルギーをもった分子イオンが、一定の運動エネルギーでイオン源を飛び出した後、飛行中にm/z 29 イオンと質量17の中性フラグメントに開裂したとします。

ここで生成したm/z 29イオンは、イオン源で生成したm/z 29イオンより運動エネルギーが小さいため、本来のm/z値には観測されず、

(29✖29)/46=18.3

のm/z 値に他のイオン源で生成したイオンより幅広いピークで観測されます。

 

CID法によるフラグメンテーションの解析、メタステーブル分解の解析、共にイオンの構造推定などのために行いますが、それぞれメリットとデメリットがあります。

 

CIDのメリットは、フラグメンテーションの効率が良く、開裂させる時の電圧を制御できること。デメリットは、様々な内部エネルギーのイオンからのフラグメンテーションを平均化して観測することです。

 

メタステーブル分解を観測するメリットは、非常に狭い内部エネルギー範囲のイオンからのフラグメンテーションを観測できること。デメリットはフラグメンテーションの効率が低いことです。

 

イオンのフラグメンテーションは、元の化合物分子の構造を反映するのですが、単に二次元構造を解析するのみならず、立体構造や化学的性質と構造との関係まで議論する場合、CID法によるフラグメンテーションよりメタステーブル分解を観測した方が良い場合があります。

 

メタステーブル分解は、分解反応に必要なエネルギー(活性化エネルギー)ギリギリの内部エネルギーをもったイオンのみの分解を観測でき、ガスとの衝突など外的要因がない状態なので、イオンひいては元の分子の分解反応性に関する知見を得るのに役立つ場合があります。

 

で、私の群馬高専での研究は、色々な低分子化合物の、マクラファティ転位を伴うメタステーブル分解を観測して、中間体イオンの構造解析をやっていました。今どき、こんなマニアックなこと大学でもやらないですよね。

 

最近でも使われている例では、マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間質量分析計(MALDI-TOFMS)で観測されるpost source decay (PSD)は、メタステーブル分解を見ています。

 

LC/MSでもメタステーブル分解を観測できると、面白い研究ができると思うけど、イオン量的に難しいでしょうねぇ…

 

 

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