質量分析のソフトイオン化温故知新:ESIとFABの比較-3

5/1719に行われた第65回質量分析総合討論会の“メタボロミクス温故知新”でイオン化の話をしてきた内容の一部を2回紹介してきました。初回はこちら2回目はこちら

今回はその続き、3回目です。今回の記事に挿入している図や写真は、日本電子の松浦健二氏と旭川医科大学の阿久津弘明氏にご提供頂きました。冒頭でお礼申し上げます。

 

今までの2回で、ネブライザーガスを用いる通常のESIでイオン化抑制が起こり易いのは、エネルギー供給を絶たれた状態の帯電液滴から時間をかけて単分子イオンが生成するプロセスに原因があるという解説をしてきました。

 

今回は、FABfast atom bombardment、高速原子衝撃法)でも似たような現象が起こることを解説します。これを理解すると、ESIにおけるイオン化抑制をより良く理解できると思います。図1に、FABイオン源の概略図とFABターゲットの写真を示します。

 

FABイオン源

図1

 

FABは、金属製のターゲットに試料溶液とマトリックスの混合液を塗布して真空中に導入、高速のキセノン原子を衝突させることでスパッタリング現象によってイオンが生成します。マトリックスにはグリセリンやm-ニトロベンジルアルコールなどが用いられ、イオン化促進剤として主に分析種分子とのプロトン授受の役割を果たします。

 

FABイオン化を用いたLC-MSインターフェースはFrit-FABと呼ばれ、私の前職である日本電子のオリジナル技術です。今では殆ど使われていませんが、1990年に日本電子に入社して暫くの間は、専らFrit-FABでアプリケーションデータ取得などの仕事をしていたものです。図2Frit-FAB LC/MSシステムズを、図3Frit-FABプローブの概略図を示します。Frit-FABでは、LCの溶離液に対してマトリックス溶液をポストカラム添加し、スプリットしてその一部(約5 µL/min)を、キャピラリーを介してFrit-FABプローブに導入します。Frit-FABプローブの先端にはFritと呼ばれるステンレス製の焼結フィルターが備えられており、キャピラリー先端はFritの表面に接しています。約5 µL/minに制御された溶離液+マトリックス溶液は、キャピラリー先端からFritに浸透して表面に滲み出し、中央から外側に向かって広がります。

 

Frit-FAB LCMSシステム  Frit-FAB概略図

図2                      図3

 

Frit-FABでは、Frit表面に常時新しい液体(試料+マトリックス溶液)が供給される(湧き出してくる感じ)ので、動いているという意味でダイナミックFABとも呼ばれます。一方通常のFABは、試料とマトリックスはターゲットに塗布した状態で動きがないのでスタティックFABとも呼ばれます。

 

FABは、ターゲットに塗布された試料+マトリックスに対して連続的に高速キセノン原子が衝突し、表面から直接単分子イオンが生成するため、ネブライザーガスを用いる通常のESIで起こるようなイオン化抑制は起こり難いと言えます。しかし、試料とマトリックスの物性の関係によって、スタティックFABではイオン化抑制が起こり、同じ試料とマトリックスの組み合わせでもダイナミックFABではイオン化抑制が起こらないという状況があります。その状況を、図3を用いて解説します。

 

試料とマトリックスの混合溶液は、図4に示すように厚みをもっていて、イオンはその表面から優先的に生成すると考えられます。混合溶液が均一な状態であれば、図4(a)のように溶液表面からはマトリックスイオンと試料イオンの両方が生成します。しかし、試料とマトリックスの物性の関係において、試料分子がマトリックスの内部に取り囲まれるようになり表面に出て来られなくなる状況が起こるとすると、図4(b)のようにマトリックスが優先的にイオン化して、試料分子はイオン化抑制を受けることになります。この状況は、ESIで界面活性作用をもつ物質が液滴表面に集まることで試料成分のイオン化を抑制する状況と良く似ています。

 

FABイオン化抑制

図4

 

FABというイオン化法、ESI程スペクトルが複雑にならないし、基本的にはソフトイオン化の部類ですが適度なフラグメントイオンが生成するし、幅広い性質の化合物をイオン化できるし、とても有用なイオン化法なのですが、最近あまり使われなくなってきているのは寂しい限りです。特に、Frit-FABでは、スタティックFABよりマトリックスの選択が重要ではないので、特に有用です。しかし、最近よく使われている四重極やTOFOrbitrapといった質量分離部に対して、FABを採用するメーカーが少ない(というか無い)のですよねぇ...

 

磁場型にずっとFABを付けてきた日本電子でさえ、TOFにはFABを付けませんからねぇ...

 

昔から質量分析をやってきた人達は、やっぱりFABに馴染みがあるので、今の装置にFABがついてくれると嬉しいと思っている人は結構いると思うのですが...

 

FABイオン化を試してみたいという方は、日本電子で受託分析を受け付けているようです。

 

私は、個人的にFrit-FABに対して思い入れがあるので、次回はFrit-FABについてもう少し詳しく書いてみます。

 

 

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