質量分析コンサルティング

MSMS(タンデム質量分析)の動作や用語 その1

MS/MSは、日本質量分析学会が発刊しているマススペクトロメトリー関係用語集によれば、以下の様に定義されています1)

「一段目の質量分析においてプリカーサーイオン(前駆イオン)を選択し、イオンを解離させた後に二段目の質量分析でそのプロダクトイオンのm/z分離を行い検出する技法、およびそれらの結果を利用する研究分野。タンデム質量分析と同義語。

1:技法には、プロダクトイオンスペクトル、プリカーサーイオンスペクトル、コンスタントニュートラルロススペクトル、コンスタントニュートラルマスゲインスペクトルを取得する手法、および選択反応モニタリングがある。

2:二つ以上の質量分析部を備えた装置を用いる空間的タンデム質量分析(tandem mass spectrometry in space)およびイオントラップタイプの装置を用いる時間的タンデム質量分析(tandem in time)がある。」

プロダクトイオンスペクトルを取得する方法は、プロダクトイオン分析あるいはプロダクトイオンスキャンと言い、注1に記載した複数の技法を含め、最も汎用されている。その理由は以下の2つであろう。

  1. タンデム質量分析計には複数の種類があるが、プロダクトイオンスペクトルは、全ての装置で取得可能である事。
  2. プロダクトイオンスペクトルを取得する測定法が、定性・定量分析の両方に有用である事。

ここでは、プロダクトイオンスペクトルを取得する方法に注目して、用語や動作などを整理してみたいと思います。この方法は、例えば三連四重極質量分析計(QqQ-MS)で測定する場合、Q1で特定のm/z値のプリカーサーイオンを選択して、q2のコリジョンセル内で開裂させ、生成したプロダクトイオンをQ3m/z分離してプロダクトイオンスペクトルを取得します。そのイメージを図1に示します。また、Q-MSで四重極に印加する電圧とイオンの安定振動領域の関係を図2に示します。

 

QqQ produvt ion scan QMS 安定振動領域

 

Q1でプリカーサーイオンを選択する時は、Q1の電圧は図2中の電圧走査線上の何処か一点に固定された状態(プリカーサーイオンが複数の時は段階的に変化する)です。そしてQ3では、印加される電圧は、図2の電圧走査線に沿って走査(スキャン)されます。この様に、MS2QqQ-MSではQ3)が電圧走査タイプの質量分離部の場合、プロダクトイオンスペクトルを取得する測定法は、プロダクトイオンスキャンと呼ばれます。

一方、四重極質量分離部と飛行時間質量分離部のハイブリッドタンデムMSであるQTOF-MSでプロダクトイオンスペクトルを取得する方法では、プロダクトイオンスキャンと言う用語は、原理的には正しくありません。何故なら、QTOF-MSでプロダクトイオンのm/zを分離するのはTOFだからです。QTOF-MSによるプロダクトイオンスペクトル取得は、以下の様な手順になります。QTOF-MSの装置概念を図3に示します。

QTOF-MS

 

  1. Q(MS1)によるプリカーサーイオン選択
  2. qによる衝突誘起解離
  3. TOF(MS2)によるプロダクトイオンのm/z分離(プロダクトイオンスペクトル取得)

qで生成したプロダクトイオンは、TOFのプッシャー領域で加速電圧を与えられて飛行管に打ち出されます。そして、イオンのm/zに応じた飛行時間の差によって分離され、プロダクトイオンスペクトルが取得されます。印加される加速電圧は一定(装置の設計によっては異なるが)であり、走査はされない。TOFによるスペクトル取得は電圧走査を伴わないため、その操作はスキャンとは呼べない。よって、QTOF-MSによるプロダクトイオンスペクトル取得は、プロダクトイオンスキャンではなく、プロダクトイオン分析が適しています。

プロダクトイオンスキャンと言う用語が使えるのは、MS2が電圧走査タイプの装置なので、QqQ-MSIT-MS、二重収束および4Sector-MS、などです。また、プロダクトイオン分析が適しているのは、QTOF-MSQ(LIT)-OrbitrapFTICR-MS、などです。

 

たかが用語、されど用語。

 

QTOF-MSに対してプロダクトイオンスキャン、スキャンスピードなど、原理的に正しくない用語が付かれている例が散見されますが、用語は、原理に基づき正しく使いましょう。

 

引用文献

1) マススペクトロメトリー関係用語集第4版(WWW版)、日本質量分析学会用語委員会、p. 55http://www.mssj.jp/publications/pdf/MS_Terms_2020.pdf.

マススペクトル解析セミナー終了

昨日、技術情報協会主催のオンラインセミナーで、マススペクトル解析の話をしました。

10時半から、途中1時間のお昼休みと10分間の休憩を入れて16時半まで!

イオン化の内容も少し入れましたが、マススペクトル解析の内容をびっしり♪ いやぁ、疲れました!

 

前半に質量、同位体、イオン化、マスディフェクト、などの内容。

後半はLC/MSで観測される付加イオン、奇数電子イオンと偶数電子イオンのフラグメンテーションやマスシフト、衝突活性化、電荷移動、メタステーブル分解、MetFragやMS-FINDERなどのフラグメンテーション解析支援ツール、などなど。

 

ちょっと欲張ったかなぁという感もありますが、充実した内容にはなっていたと思います。

私は群馬高専の卒業研究で、田島進先生からマススペクトル解析について学んでから、ずっと仕事でマススペクトルを解析してきましたが、一日中マススペクトルの話をしたのは初めてでした。

 

 

 

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LC/MS専門書執筆中!

出版社からの依頼により、LC/MS専門書の執筆中。共著では沢山(多分20冊以上)書いていますが、今回は初の単独執筆!

ちょっと遅れ気味なので、年末の締め切りを年明けまで伸ばして貰いました。

これで、正月は執筆に明け暮れることになる!!

かなぁ...?

 

 

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GC/MS, LC/MSのデータ解析ソフト

私が代表を務めるもう一つの会社、浜松医科大学発ベンチャー”株式会社プレッパーズ”で、シンガポールにあるChemoPower社が開発したSmartDaltonというGC/MSとLC/MS用のデータ解析ソフトを扱う事になりました。特長的な機能は、ピーク分離/検出です。LC/MSのデータでTICCのバックグランドレベルが高くてピークが見えにくい場合や、GC/MS, LC/MS共に未分離のピークを分離したいときなどに効果的です。まだ使い込むまでには至っていないので、追って情報をアップしていきます。ご興味あれば是非ご連絡下さい。サブスクリプションでご提供します。詳細は、近日中に株式会社プレッパーズのホームページに掲載します。

ChemoPower

 

 

 

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Twitter:質量分析ネタ

2年ほど前からTwitterをやっていますが、最近質量分析関係のネタをつぶやいています。

LCやLC/MSを中心に、分析やっている人のフォロアーが少しずつ増えています。

よかったら覗いてみてください。

twitter

 

 

 

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LC/MSやGC/MSで得られるクロマトグラムの種類

今回は、LC/MSGC/MSにおいて、マススペクトルを取得するモードで測定した時に得られるクロマトグラムの種類について説明します。添付した図は、上から(a)TICC, (b)BPIC, (c)高強度のバックを除いたm/z範囲で作成したクロマトグラム、(d)ある成分イオンのm/z値を設定した抽出イオンクロマトグラム、を示しています。試料は天然物の抽出液です。

Chromatograms_Rev

 

TICC:全イオン電流クロマトグラム(total ion current chromatogram

少し前まではTIC(全イオンクロマトグラム、total ion chromatogram)と呼んでいましたが、2013年質量分析関連用語についてのIUPAC勧告に基づき、日本質量分析学会は用語集を改定し、全イオン電流クロマトグラムと呼ぶようになりました。TICは、測定するマススペクトル上に観測される全イオン強度の和を、時間軸に対してプロットした二次元チャートと言う定義でした。しかし、この二次元チャートの縦軸は、イオンの強度を直接プロットしている訳ではなく、イオンが検出部によって変換された後の電流値をプロットしているため、ionchromatogramの間に電流(current)が入ったと言う経緯があります。マススペクトルを取得するm/z範囲の下限値を小さく設定し過ぎると、バックグランドイオン強度が増加するため、TICCS/Nが低くなり、TICC上でピークが確認し難くなります。

GC/MSの場合、強度の高いバックグランドイオンは、H2O由来のm/z 18N2由来のm/z 28O2由来の32などが主であるため、マススペクトルの取得m/z範囲を35からに設定すると、S/Nの良いTICCが得られます。m/z 50~の設定にすると、CO2由来のm/z 44イオンも含まれないため、更にS/Nは良くなります。

一方LC/MSでは、移動相溶媒分子や環境から混入する不純物などに由来するイオンがm/z 400位まで、環境に依ってはそれ以上大きなm/z領域までバックグランドイオンが観測されます。バックグランドイオン強度を下げたいからと言って、マススペクトル取得のm/z範囲を400~とかに設定する訳にはいかないので(それ以下の低分子化合物が検出されないので)、LC/MSで得られるTICCは、どうしてもバックグランドイオン強度の高く、S/Nが悪くなってしまいます。プロテオミクスなど一部のアプリケーションでは、マススペクトル取得のm/z範囲の下限値を比較的高く設定する事は可能です。

 

BPIC:ベースピークイオンクロマトグラム(base peak ion chromatogram

取得される全てのマススペクトルにおいて、ベースピーク(最大強度ピーク)の強度を時間軸に対してプロットしたクロマトグラムです。BPICは、試料成分から生成したイオンがベースラインに常に存在するバックグランドイオンよりも高強度で検出された場合、バックグランドレベルの低い、解析し易いクロマトグラムになります。一方、上に示した図(b)では、ピークは観測されず、むしろマイナスピークが幾つか観測されています。LC/MSで溶媒に含まれる夾雑物等の影響によってバックグランドイオンレベルが高い場合、このようなBPICが得られます。

この時の測定データでは、バックグランドとしてm/z 371イオンが常時高強度で観測されていました。図(c)は、このm/z 371イオンを含めないように、その少し上m/z 375以上の範囲を指定して作成したクロマトグラムです。高強度のバックグランドイオンが含まれないクロマトグラムであるため、TICCでは観測されていない小さなピークまで見つける事が出来ます。ただし、このクロマトグラムでは、m/z 371より小さなイオンは含まれませんので、そのような低m/zイオンを含んで且つベースライン強度の低いクロマトグラムを得るためには、強度の高いバックグランドイオンを除いて狭い範囲(例えばm/z 100200, 200300など)でクロマトグラムを作成するのも有効です。最近の装置には、自動でピークを抽出してくれるソフトが付属している場合もあるので、そのようなソフトの機能を使うのも良いですが、自力でピークを探す方法も知っておいて損はありません。ちなみに、このように比較的広いm/z範囲を指定して作成したクロマトグラムは、以前はRICreconstructed ion chromatogram、再構成クロマトグラム)と呼んでいましたが、先の用語改正によって推奨されない用語になりました。現在では、このようなクロマトグラムは、(d)と同じEICが使われます。

(d)は、保持時間44分辺りでスライスデータ(マススペクトル)を作成し、そこにメインピークとして観測されていたイオンのm/z値を設定して作成した抽出イオンクロマトグラム(extracted ion chromatogram, EIC)です。LC/MS(GC/MS)のデータ解析でマススペクトルを作成したら、そこに観測されているイオンのm/z値でEICを作成するようにしましょう。顕著なイオンが複数あれば、それらが共溶出している未分離成分由来なのか、同じ成分由来なのかを判断する目安になるし、そのEICで他の保持時間にもピークがあれば、異性体が検出されている可能性もあります。

 

 

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