質量分析原理など

マススペクトル取得モードについて

質量分析計をお使いの皆さんは、マススペクトル取得モードについて意識されたことはあるでしょうか?

 

マススペクトル取得モードは、大きく分けて二つ。ProfileモードとBarモードです。ただし、メーカーや機種によって、名称は異なる場合があります。Profileモードでは、所謂生データの状態でのマススぺクトルが得られます。一方、Barモードでは、Profileモードで保存されたマススペクトルの全てのピークを棒状に変換した状態でマススペクトルが得られます。

 

私達が通常目にするマススペクトルの横軸はm/zmはイオンの質量を統一原子質量単位で割った値、zは電荷数)ですが、質量分析計が実際に計測しているのは、飛行時間質量分析計であれば飛行時間、四重極質量分析計であれば電圧です。何れの場合においても、マススペクトルの取得には一定の時間を要するため、m/z軸は、元々は時間軸であると考えることが出来ます。ある時間間隔において検出器で検出したイオン量(電流量)を時間軸に対してプロットし、横軸を、m/zに変換したチャートがマススペクトルです。

1Profileモードで取得したマススペクトルのイメージですが、m/z軸に対して一定間隔のデータポイントをもっています。Profileモードのマススペクトルに対して、ノイズを除去するための閾値やピーク幅などの条件を設定してピークを検出し、ピークトップや重心をピークの位置として棒グラフに変換したチャートが、図2に示すBarモードのマススペクトルです。測定条件において、マススペクトル取得をBarモードに設定していても、データ処理システム内部では、一旦Profileモードのマススペクトルがメモリーに記録され、それをBarモードのスペクトルに変換してハードディスクに保存しています。

スペクトル取得_図1

図1 Profileスペクトルのイメージ

 

スペクトル取得_図2

図2 図1のProfileスペクトルから変換されたBarスペクトルのイメージ

 

 

私がお客様のところへLC/MS技術指導でご訪問した時、両モードの違いを意識せず、Barモードの設定で使用されているケースが多々あります。私はそれらのケースの殆どにおいて、Profileモードでのマススペクトル取得を推奨しています。

 

その最大の理由は、

“Barスペクトルは加工されたスペクトルである”

と言う事です。加工されたスペクトルである以上、元の状態を正しく知る事は出来ません。例えば、以下に示すような不具合が起こっている事を100 %は否定出来ません。

 

3に示すように、何等かの理由で、マススペクトル取得時にm/z 60付近にスパイクノイズが入ったとします。Profile Barへの変換におけるパラメーター設定において、スパイクノイズはピークと見なされず無視される事もありますが、ピークとして認識されてしまう可能性を100 %否定する事は出来ません。そして、スパイクノイズがピークとして認識されてしまうと、Barへ変換されてしまうため(図4)、ノイズが恰もピークであると言う誤った認識をしてしまう事になります。

また、図3m/z 100付近に未分離のショルダーピークが検出されたとします。Profile Barへの変換におけるピーク分離に関するパラメーター設定において、このショルダーピークが認識されないと、Barへ変換される際に無視されてしまいます。

スペクトル取得_図3

図3 スパイクノイズや未分離ピークが観測されているProfileスペクトルのイメージ

 

スペクトル取得_図4

図4 図3のProfileスペクトルから変換されたBarスペクトルのイメージ

 

Profileスペクトル → Barスペクトルへの変換技術は、私が質量分析計を使い始めた頃にはまだ普及していませんでした。何しろ、ペンレコーダーにマススペクトルを記録していましたから、マススペクトルは全てアナログデータでした。この技術が普及し始めたのは、コンピューターによる質量分析計の制御や測定、データ処理が可能になり、GC-MSが登場した頃だと思います。

 

GC-MSが登場する以前は、質量分析計への試料導入は全て直接導入でしたから、マススペクトルの取得スピードは、5秒/枚とか10秒/枚とか、ゆっくりで良かった訳です。そして、1試料に対して得られるマススペクトルは1枚。これが基本でした。測定時間も、数秒から長くても1分程度でした。しかし、GC-MSが登場すると、クロマトグラムピーク幅に合わせたマススペクトル取得スピードが要求されるようになり、0.10.2秒/枚のマススペクトル取得、測定時間も数十分にもなります。例えば、マススペクトル取得を0.2秒/枚、測定時間を30分とすると、一試料に対して取得されるマススぺクトル総数は9,000枚にもなります。GC-MSが登場した頃のコンピューターと言えば、ハードディスやメモリーの容量は現在からは考えられない程小さく、保存媒体はフロッピーディスクやMOディスクが主流でした。

そのような小さな容量のハードディスクに、Profileモードで取得した大容量のマススペクトルデータを大量に保存できる筈はなく、Profileスペクトル → Barスペクトルへの変換技術は、当時のGC-MSには必須でした。

 

最近の質量分析計は、マススペクトル取得スピードは高速化し、そもそも検出系の改良でデータポイントの間隔も小さくなり、Profileモードで取得したマススペクトルのデータ容量は以前に比べて大きくなってはいます。しかし、それ以上にコンピューター自体の進歩が凄まじいため、GC/MSLC/MSのデータをProfileモードで取得する事は、全く問題ないレベルになっています。

 

Barモードは、既に加工されたマススペクトルのみしか得られず、生データを確認できないと言うデメリットを考えると、マススペクトルの取得は、基本的にはProfileモードにするべきだと考えます。

 

 

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アミノ酸の[M-H]-イオンのMS/MSスペクトル解析

最近、必須アミノ酸20種類の低エネルギーCIDによるMS/MSスペクトルを解析していますが、帰属するのに骨格転位を伴う開裂を考えないと説明できないイオンがたまに出ます。先ずは、In-Silicoのフラグメンテーション予測ツールを使いますが、骨格転位を伴うと考えられるイオンは、先ず予測されません。特に、負イオン([M-H]-)の開裂は参考例も少なく、解析に苦労します。まぁ、時間がある時に1つずつ丁寧に見て行こう。

 

 

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チョッとレアな(?)イオン化法、イオンアタッチメントについて

以前から何度か書いていますが、質量分析計による測定の基本は、第一に化合物に適したイオン化を選択することです。

 

揮発性(加熱して気化する性質)化合物に適したイオン化として、先ずは電子イオン化(electron ionization, EI)、そしてEIでは分子イオン(分子から電子が1つ取れたイオン)が得られず、分子内の結合が切れて断片化イオン(フラグメントイオン)が観測されてしまう場合には化学イオン化(chemical ionization, CI)が有効であると解説しました。

 

通常、市販されている質量分析計で、揮発性化合物に有効なのはこの2つのイオン化法ですが、今回はそれ以外の方法として、イオンアタッチメント(ion attachment, IAを紹介します。IAは、気相分子に金属イオン(Li+)を付加させることで、フラグメントフリーのイオンが観測されるイオン化法です。

 

以前は、キャノンアネルバで事業化していましたが、数年前に止めてしまいました。キャノンアネルバはIA部分を開発しており、質量分析計に日本電子の四重極質量分析計を採用して、コラボしていました。そして、キャノンアネルバのIA-MSのアプリケーション担当者が、群馬大学工学部時代の同期の女性で、当時私は日本電子に居ましたが、同じ業界に大学の同期がいた事にとても驚きました♪

 

私自身、IAは使ったことがないのですが、イオン化としてはアンモニアを試薬ガスに使うCIに近いのかなぁと思います。CIでは、主としてイオン化した試薬ガス(試薬イオン)から気化した分析種分子にプロトンが移動してプロトン付加分子([M+H]+)が生成し、IAはリチウムイオンが気化した分析種分子に付加してリチウムイオン付加分子([M+Li]+)が生成します。CIでプロトン移動により分析種分子がイオン化するのは、試薬ガスとしてメタンやイソブタンを用いた場合であり、試薬ガスとしてアンモニアを用いた場合、分析種分子にアンモニウムイオンが付加した([M+NH4]+)が主として生成します。

・揮発性化合物に有効であること

・イオン化の際にフラグメントイオンが生成し難いこと

・付加イオンが生成すること

の3点において、IACIと共通点があります。

 

試薬イオンと分析種分子とのプロトン移動によるイオン化では、両者のプロトン親和力が重要です。試薬イオンより分析種分子の方がプロトン親和力が高ければ、分析種分子にプロトンが付加したイオンが生成しますが、逆の場合、すなわち試薬イオンより分析種分子の方がプロトン親和力が低ければ、プロトンは移動せず、分析種分子はイオン化しません。

一方、IAやアンモニアを試薬ガスとして用いるCIでは、分析種分子にLi+NH4+を受け取る性質があれば、分析種由来のイオンが生成するため、プロトン移動によるCIよりイオン化効率は高いと考えられます。

 

では、IAとアンモニアを試薬ガスとして用いるCIではどちらが良いのか?

 

イオン化法は、それぞれ相補的に使うものなので、何かをもってどちらが良いなどと比較する事に余り意味は無いと思いますが、同様な目的で使うのであればイオン化効率の高さは非常に重要でしょう。分析種分子に何かのイオンが直接付加することで分析種分子がイオンになる場合、その付加するイオンの反応性がイオン化効率において支配的である筈です。とすれば、Li+NH4+のどちらが反応性が高いか? 単分子分解でない限り、反応には相手が必要なので、この場合の反応性も相手になる分析種分子との反応性という事になり、結局は相手(分析種)次第、LC/MSにおけるESIAPCIの関係の様に、分析種の性質に応じて使い分けるという事になるのでしょうか!?

 

IAは、現状LC/MSのイオン化法としては使えない様なので私の専門からは外れますが、IAに関して研究している、飲み友達でもあるTさんが何かコメントしてくれるかな?(^o^)

 

 

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LC/MS用脱塩チューブ”ソルナックチューブ”に吸着し易い塩基性化合物化合物に対するポストカラム法による改善例

リン酸塩緩衝液条件にソルナックチューブCFANを用いた場合、測定対象化合物が塩基性の場合には解離型になりチューブ内の樹脂に吸着してしまうことがあります。そこで、チューブ導入前にポストカラム法によりアンモニア水を添加することで、チューブ内の溶離液を塩基性にして測定対象化合物を非解離型とすれば吸着を抑制できると考えました。三環系抗うつ剤のドキセピンのpKaは9.0であることから、中性条件下では解離型となりカチオン交換樹脂に吸着してしまいます。そこで、ポストカラム法でアンモニア水を添加して、ソルナックチューブへの吸着の改善を試みました。アプリケーションデータをホームページに掲載しました。

ソルナックチューブ_ポストカラム_対塩基性化合物

 

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マススペクトル解析のご依頼:経験を積むってやっぱり大切!

今週、以前からの知り合いのラボを表敬訪問してきました。オンライン脱塩、ソルナックチューブの営業目的もありましたが。ラボの装置や設備を見学させて頂き、業務内容などをご説明頂く中で、思わぬお仕事のご依頼を頂きました。

 

未知化合物の定性分析の仕事がたまにあって、測定までは出来るけどマススペクトルを解析して未知化合物の構造推定を行うための時間や人員の確保ができないとのこと。そこで、測定済みのデータ(高分解能LC-MS/MSで測定したマススペクトルとMS/MSスペクトル)から、ターゲットとなる未知化合物の構造推定をして欲しいというご依頼でした。

 

かなり急いでいるとのことで、数日間の猶予をもらうことで、その場で契約成立! 今日は一日中、マススペクトルと睨めっこしていました。まぁ、合間に走りに行ったりはしましたが...

 

構造予測が全くできていないということで、かなり苦戦することが予想されましたが、MS/MSスペクトル中にヒントが隠されていて、それに気づいたことから、自分としてはある程度の構造予測ができました。そして、それを元にしてデータベース検索したところ、それらしい構造がヒットしてきました。MS/MSスペクトルを帰属してみましたが、矛盾は有りません。

 

複数化合物の構造推定をするので、今夜もう少しと日曜日に少し、あとは月曜日に頑張れば、何とか目途はつきそうです。

 

自分で測定していないデータを解析することは余りないので、どうなるかなぁとかなり心配しながら受けた仕事ですが、何とか良い結果を報告できそうです。今回は、MS/MSスペクトル中のヒントに気付いたのが大きいです。これは、長年色々なマススペクトルを見て、培った経験に基づく部分が大きいと思います。

 

質量分析を用いて未知化合物等の構造推定をお仕事でやられている方は、とにかく沢山のマススペクトルを見る事が重要です。それが自分の経験値、引き出しの数に繋がります。

 

 

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LC-ESI/MSにおける酸性移動相条件での負イオン検出について

逆相分配クロマトグラフィーにおいて、カラムに保持され難い高極性化合物(イオン性化合物)を保持させるために、イオン対試薬を用いる方法と解離抑制の移動相を用いる方法があり、解離抑制のための移動相条件はLC/MSには適さないという話を以前ブログに書きました。

 

 

シリカベースの逆相カラムは、一般的には強塩基性条件に弱いので、解離抑制のための移動相条件としては酸性側で使う方が多いと思います。解離抑制のために移動相を酸性にするということは、分析種も酸性ですから、LC/MSでの検出には正イオンより負イオンの方が適しています。移動相が酸性、分析種も酸性、そして分析種を負イオンで検出するということは、分析種の負イオン検出におけるイオン強度は移動相の種類(酸性度)に大きく依存します。

 

先日、ソルナックチューブの実験のために日本電子㈱で装置をお借りした時、1つの化合物(分析種)を負イオンで検出する時、移動相を酢酸、ギ酸、TFAと変化させた時、分析種のイオン強度がどの程度変化するのか確認してみました。試料はアミノ酸の一種であるメチオニンを用いました。各移動相条件で測定した時の、メチオニンの[M-H]に相当する抽出イオンクロマトグラム(EIC)とマススペクトルを示します。

 

酢酸条件

メチオニン 負イオン 酢酸条件

 

ギ酸条件

メチオニン 負イオン ギ酸条件

 

TFA条件

メチオニン 負イオン TFA条件

 

各条件におけるEIC強度は、酢酸の時は5233、ギ酸の時は958、そしてTFAの時は未検出でした。移動相の酸性度が大きくなる程、メチオニンの[M-H]の生成が抑制されて、強度が減少していることが分かります。

 

また、TFA条件でHPLCとMSイオン源の間に陰イオン交換型のソルナックを接続した時のデータを示します。チューブ内での拡散の影響でピークはブロードニングしていますが、EICピークが確認できます。

 

TFA条件でソルナックチューブを用いた場合

メチオニン 負イオン TFA+ソルナック

 

また保持時間は、酢酸の時は1.8分、ギ酸の時は2.0分、TFA(+ソルナックチューブ)の時は3.6分でした。TFAでは、メチオニンのカルボキシ基の解離が抑制されたために保持が向上したことが分かります。

 

酸性移動相を用いて分析種を負イオンで検出する場合、移動相に添加した酸が付加したイオンが高い強度で検出される場合がありますが、今回のように酸が付加したイオンが検出されない場合、基本的には移動相の酸性度が高くなるほど、分析種の負イオンの生成は抑制される傾向にあります。

 

 

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