質量分析原理など

TOF-MSでスキャンは原理上正しくない

先日、ある質量分析計関連メーカーさんが作成した依頼分析のレポートを見る機会がありました。装置はQTOF-MSです。

そして、測定条件の部分に、以下の記載がありました。

・測定法     MS Scan

・スキャン範囲  m/z 20 – 1200

・スキャン時間  1 sec

 

この記載内容には、間違いが2種類あります。

1つは、m/zのmとzがイタリックになっていないこと。まぁ、これは忘れてだけかも知れませんので、軽微な間違いと言えるでしょう。

 

もう1つは、これは何度かブログに書いていますが、装置がTOFなのにスキャンと言う用語を使っている事です。

TOF-MSでは、マススペクトルを取得する際、原理上電圧走査(スキャン)を行いません。つまり、スキャンと言う用語は、TOF-MSに対しては原理上用いる事ができません。これは、QTOF-MSでも同じです。QTOF-MSでも、マススペクトルを測定するのはTOFですから。

 

上の3つの条件を正しい用語で書くなら、以下のようになるでしょうか。

・測定法          マススペクトル取得モード

・測定m/z範囲       20 – 1200

・マススペクトル取得時間  1秒

 

メーカーさんの人は専門家と言える筈なので、原理上正しくない用語は使って欲しくないですね。

 

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Ambientイオン化に対する違和感解消

質量分析をやっている人で、Ambientイオン化をご存じの方は多いと思います。Ambientは環境という意味で、Ambientイオン化は、装置の設置環境下で、試料の前処理を殆ど必要とせず、試料そのものの状態からイオンを生成させるイオン化のことです。Ambientイオン化の代表例と言えば、何と言ってもDART(Direct Analysis in Real Time)とDESI(Desorption Electrospray Ionization、脱離エレクトロスプレーイオン化)でしょうね。

 

しかし私は、このAmbientイオン化と言う専門用語に対して、以前から違和感をもっていました。何故なら、イオン化の名称はイオン化原理に基づくものであるべきと考えているからです。EI, CI, FAB, FD, ESI, APCIなど、全てイオン化原理に基づく名称がついています。一方Ambientイオン化は、特にイオン化原理とは直接関係ない名称です。特にDARTでは、用いられているイオン化はAPCIです。DESIの場合には、Electrosprayが名前に入っているから良いのですが。

 

最近そんなことを思いながら、大気圧イオン化の事を考えてみました。大気圧イオン化 (API, Atmospheric Pressure Ionization)は、大気圧でイオンを生成するイオン化の総称で、一般的には、ESI (Electrospray Ionization), APCI (Atmospheric Pressure Chemical Ionization), APPI (Atmospheric Pressure Photo Ionization)が含まれます。何れも、LC/MSに用いられているイオン化法です。大気圧イオン化は総称なので、その名前自身にはイオン化の原理的な意味は含まれません。

 

それと同じような視点でAmbientイオン化を考えれば、これもDARTやDESIなどAmbientな状態でイオンを生成するイオン化の総称なので、それ自身の名称にイオン化原理が含まれなくても構わないと考えたわけです。それで、Ambientイオン化に対する違和感はめでたくなくなりました。誰に話たわけではありませんが、この問題は自問自答して自己完結しちゃいました。でも、DARTに関しては、やっぱりイオン化というのは違和感が残ります。DARTに関しては、名前の中にもAnalysisが含まれていることもあり、Ambientイオン化ではなく、Ambient質量分析というべきでしょう。

 

 

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プロトン移動を伴うイオン化におけるイオン化抑制

大分前に、エレクトロスプレーイオン化(ESI)におけるイオン化抑制について書きました。

中でもネブライザーガスを使うタイプのESIでイオン化抑制が起こり易く、スケールダウンをすることでイオン化抑制が抑えられます。

 

ESIは、現存する質量分析のイオン化法の中で、恐らく最もイオン化抑制を受けやすいイオン化法ですが、それ以外にもイオン化抑制を受けるイオン化法はあります。

それは、タイトルにもる”プロトン移動を伴うイオン化”です。

 

プロトン移動を伴うイオン化は沢山知られています。代表的なのは、

CI, FAB, FD, MALDI, APCI, APPI, そして勿論ESI。

 

プロトン移動を伴うイオン化におけるイオン化抑制で支配的なのは、プロトン親和力(proton affinity, PA)の関係です。

 

上に挙げたイオン化法において、イオン生成領域で分析種(A)と夾雑成分(M)が共存し、それぞれの1分子が1つのプロトン(H+)を取り合ったとします。

つまり、こう言う↓状態です。

A-Proton-M

 

ここで、MがAよりPAが大きければ、プロトンはMに引っ張られるので、以下のようになります。

A-Proton-M-MH

 

プロトン移動によるイオン化プロセスは、CIやAPCIでは気相で起こるし、ESIやFABでは液相で起こります。

気相イオン化か液相イオン化かによって、同じプロトン移動によるイオン化でもイオン化抑制の程度は変わるかも知れませんが、ESIが他のイオン化に比べて特にイオン化抑制が起こり易いのは、このプロトン移動の他に以前のブログで解説した原因があるためです。

 

最近の質量分析で用いられるイオン化法は、EI以外の殆どはプロトン移動を伴いますので、プロトン移動によるイオン化プロセスを理解する事は、質量分析を考えるうえで非常に重要だと思います。ちなみに、ここで挙げたイオン化法では、正イオン検出においては、プロトン付加のほかにナトリウムイオン付加やアンモニウムイオン付加が起こる事がありますが、これらのイオン付加についても同様に考える事が出来ると思います。

 

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ESIとAPCIの脱溶媒プロセスの違い

久しぶりに質量分析のイオン化原理に関する内容で書いてます。

 

LC/MSで用いられるイオン化法の代表例を二つ挙げるとすると、殆どの人がESIAPCIを挙げるでしょう。殆どのMS装置メーカーからLC-MS装置が販売される時、ESIが標準でAPCIがオプションと言うケースが多いため、両者の使用頻度を比較すると、ESIの方がよく使われているという事になります。両イオン源は構造がとても良く似ています。そして、イオンが生成する過程においても、類似のプロセスがあります。その一つが加熱による脱溶媒プロセスです。今日は、その事について考えてみましょう。ESIAPCIのイオン源の概略を図12に示します。また、ESIでイオンが生成する様子を模式的に示したものを図3に示します。

 

nebulizer ESI ESI

 

図1 ESIのイオン源の概略図(左:空圧ネブライザータイプ、右:ナノ、ミクロタイプ)

 

APCI

図2 APCIのイオン源の概略図

 

ESIイオン生成

図3 ESIにおけるイオン生成の模式図

 

 

先ずESIでは、キャピラリー先端部分で分析種は既にイオン化しています。つまり液相でのイオン化です。例えば正イオン検出条件で[M+H]+が生成した場合、対向電極であるオリフィスやコーンに相対的にマイナスの電圧が印加されている状態であるため、その電圧の引力によって液体の塊から帯電液滴となって大気中に飛び出します。帯電液滴には、分析種のイオンや夾雑成分のイオン、溶媒のイオン、そしてそれらのイオン化していない状態の中性分子、それらが含まれて一塊になっており、そのサイズはµmオーダーで、質量分析計内部に侵入するには大き過ぎます。帯電液滴は加熱される事で揮発性の溶媒が蒸発し、そのサイズは小さくなっていきます。そうすると液滴内のイオン同士の電荷反発によって液滴は分裂、あるいは液滴の外側にあるイオンが飛び出します。ESIにおける脱溶媒プロセスは、帯電液滴の電荷反発やイオン蒸発を誘発させるために行われます。つまり、帯電液滴はそれ程加熱しなくても、イオンは生成すると言う事です。

 

一方APCIでは、試料溶液は空圧ネブライザーによって中性状態の液滴になります。APCIでのイオン化は放電電極の近傍で起こり、気相でのイオン化であるため、分析種分子やイオン化に関与する溶媒分子は、加熱によって気相単分子の状態になっている必要があります。そのため、液滴は十分に加熱して乾燥させる必要があり、ESIよりも高い熱エネルギーが必要です。

 

ESIとAPCIは似たような構造のイオン源を用いるイオン化法であり、両者とも加熱による脱溶媒プロセスが必要ですが、その意味は同じではなく、必要とされる熱エネルギーも大きく異なります。APCIが熱に不安定な化合物に不向きなイオン化法であると言われる所以は、そこにあると考えて良いと思います。

 

 

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DESIはアンビエント質量分析としても有用なイオン化法

先日のブログで、イメージング質量分析に用いられるイオン化法としてDESIを紹介しました。

DESIは、ESIと同様なイオン化法になりますが、厳密にはイオン化過程が少し異なります。

上のリンクに貼られた以前のブログに両方のイメージ図が載せてありますので参考にしてください。

ESIでは、キャピラリーから生成する帯電液滴に分析種イオンが含まれますが、DESIでは一次帯電液滴には分析種イオンは含まれません。

 

DESIの写真を示します。DESIでは、ステージの上に試料を載せて、その表面にキャピラリーから生成する一次帯電液滴を吹き付ければ、試料表面に存在する化合物をイオン化させる事が出来ます。写真は、タブレットの測定をしている時のものです。ステージは上下に可動しますので、数 cm位の厚さのものまで測定可能です。

DESI_tablet

 

この様に、試料を何の処理もせずにそのままの状態のまま質量分析する事を、アンビエント質量分析と言いますが、DESIはその一つの方法としてとても有用です。

タブレットを測定した時の、正負両イオン検出でのマススペクトルを示します。

DESI_tablet_mass spectra

 

タブレットの容器に表示されている成分表を見て、検出されているイオンの解析をしてみようと思っています。

 

DESIを使ったイメージング質量分析やアンビエント質量分析の受託のご依頼を受けています。

お気軽にご相談下さい。

 

 

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イメージング質量分析に用いられるイオン化法:DESI

少し前から、イメージング質量分析(IMS)について書き始めました。
平面状試料表面の微小領域からイオンを生成させるイオン化法は幾つかありますが、有機分子の
観測には、従来マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(matrix assisted laser desorption /
ionization, MALDI)が多用されています。最近では、主としてLC/MSに用いられるエレクトロスプレー
イオン化法(electrospray ionization, ESI)ベースのDESI(desorption electrospray ionization,
脱離エレクトロスプレーイオン化法)も用いられています。

ESIについては、大分前にこのブログで紹介しています。

ESIとの違いと言う観点を中心に、DESIについて紹介します。

 

図1にESIとDESIの概念図を示します。

ESIとDESI
ESIとDESIの違いは、ESIはキャピラリーから生成する帯電液滴に試料成分のイオンが
含まれていますが、DESIでは一次帯電液滴には試料成分のイオンは含まれていない事です。
DESIでは、水/メタノールなどの溶媒をエレクトロスプレーする事で一次帯電液滴
を生成させ、それを試料表面に衝突させます。一次帯電液滴は大量の溶媒を含み、濡れた
状態のまま試料表面に衝突します。試料表面に存在する成分は溶媒によって抽出されると
共に、一次帯電液滴との電荷交換(主にはプロトン移動)によって、二次帯電液滴となって
バズーカチューブに吸い込まれます。二次帯電液滴はバズーカチューブ内で脱溶媒され、
生成したイオンがコーンを経て真空領域に導入されます。

 

DESI用のキャピラリー(スプレーチップ)の先端内径は数 µmであり、ナノESI用と同程度のサイズ
です。溶媒の送液量は2~5 µL/minであり、窒素ガスの補助を用いなくても、高電圧の作用だけで
帯電液滴が生成する量ですが、実際のDESIでは窒素ガスにより液滴の生成を補助しています。
その理由は、一次帯電液滴に対して窒素ガスの圧力によって大きな運動エネルギーをもたせ、
二次帯電液滴の生成にある種のスパッタリング作用を用いるためと推測されます。

 

IMSには、分析目的によっては高い空間分解能が要求されますが、DESIの空間分解能はMALDIより
低く、50~200 µm程度です。一次帯電液滴が電荷反発によって広がってしまい、大気圧下では
それを絞る事が困難であるためです。空間分解能はMALDIより低いですが、DESIはESI同様ソフト
なイオン化であるため、MALDIではフラグメンテーションを起こしてしまうような化合物の分析
に有効です。また、DESIは大気圧イオン化法であり、試料を載せるステージはある程度の広さと
高さがあるため、平面状試料のIMSに限らず、アンビエント質量分析として、様々な形状の試料の
表面分析に用いる事が出来ます。DESIユニットの写真を図2に示します。

DESIユニット写真

 

 

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