質量分析原理など

プロトン移動を伴うイオン化におけるイオン化抑制

大分前に、エレクトロスプレーイオン化(ESI)におけるイオン化抑制について書きました。

中でもネブライザーガスを使うタイプのESIでイオン化抑制が起こり易く、スケールダウンをすることでイオン化抑制が抑えられます。

 

ESIは、現存する質量分析のイオン化法の中で、恐らく最もイオン化抑制を受けやすいイオン化法ですが、それ以外にもイオン化抑制を受けるイオン化法はあります。

それは、タイトルにもる”プロトン移動を伴うイオン化”です。

 

プロトン移動を伴うイオン化は沢山知られています。代表的なのは、

CI, FAB, FD, MALDI, APCI, APPI, そして勿論ESI。

 

プロトン移動を伴うイオン化におけるイオン化抑制で支配的なのは、プロトン親和力(proton affinity, PA)の関係です。

 

上に挙げたイオン化法において、イオン生成領域で分析種(A)と夾雑成分(M)が共存し、それぞれの1分子が1つのプロトン(H+)を取り合ったとします。

つまり、こう言う↓状態です。

A-Proton-M

 

ここで、MがAよりPAが大きければ、プロトンはMに引っ張られるので、以下のようになります。

A-Proton-M-MH

 

プロトン移動によるイオン化プロセスは、CIやAPCIでは気相で起こるし、ESIやFABでは液相で起こります。

気相イオン化か液相イオン化かによって、同じプロトン移動によるイオン化でもイオン化抑制の程度は変わるかも知れませんが、ESIが他のイオン化に比べて特にイオン化抑制が起こり易いのは、このプロトン移動の他に以前のブログで解説した原因があるためです。

 

最近の質量分析で用いられるイオン化法は、EI以外の殆どはプロトン移動を伴いますので、プロトン移動によるイオン化プロセスを理解する事は、質量分析を考えるうえで非常に重要だと思います。ちなみに、ここで挙げたイオン化法では、正イオン検出においては、プロトン付加のほかにナトリウムイオン付加やアンモニウムイオン付加が起こる事がありますが、これらのイオン付加についても同様に考える事が出来ると思います。

 

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ESIとAPCIの脱溶媒プロセスの違い

久しぶりに質量分析のイオン化原理に関する内容で書いてます。

 

LC/MSで用いられるイオン化法の代表例を二つ挙げるとすると、殆どの人がESIAPCIを挙げるでしょう。殆どのMS装置メーカーからLC-MS装置が販売される時、ESIが標準でAPCIがオプションと言うケースが多いため、両者の使用頻度を比較すると、ESIの方がよく使われているという事になります。両イオン源は構造がとても良く似ています。そして、イオンが生成する過程においても、類似のプロセスがあります。その一つが加熱による脱溶媒プロセスです。今日は、その事について考えてみましょう。ESIAPCIのイオン源の概略を図12に示します。また、ESIでイオンが生成する様子を模式的に示したものを図3に示します。

 

nebulizer ESI ESI

 

図1 ESIのイオン源の概略図(左:空圧ネブライザータイプ、右:ナノ、ミクロタイプ)

 

APCI

図2 APCIのイオン源の概略図

 

ESIイオン生成

図3 ESIにおけるイオン生成の模式図

 

 

先ずESIでは、キャピラリー先端部分で分析種は既にイオン化しています。つまり液相でのイオン化です。例えば正イオン検出条件で[M+H]+が生成した場合、対向電極であるオリフィスやコーンに相対的にマイナスの電圧が印加されている状態であるため、その電圧の引力によって液体の塊から帯電液滴となって大気中に飛び出します。帯電液滴には、分析種のイオンや夾雑成分のイオン、溶媒のイオン、そしてそれらのイオン化していない状態の中性分子、それらが含まれて一塊になっており、そのサイズはµmオーダーで、質量分析計内部に侵入するには大き過ぎます。帯電液滴は加熱される事で揮発性の溶媒が蒸発し、そのサイズは小さくなっていきます。そうすると液滴内のイオン同士の電荷反発によって液滴は分裂、あるいは液滴の外側にあるイオンが飛び出します。ESIにおける脱溶媒プロセスは、帯電液滴の電荷反発やイオン蒸発を誘発させるために行われます。つまり、帯電液滴はそれ程加熱しなくても、イオンは生成すると言う事です。

 

一方APCIでは、試料溶液は空圧ネブライザーによって中性状態の液滴になります。APCIでのイオン化は放電電極の近傍で起こり、気相でのイオン化であるため、分析種分子やイオン化に関与する溶媒分子は、加熱によって気相単分子の状態になっている必要があります。そのため、液滴は十分に加熱して乾燥させる必要があり、ESIよりも高い熱エネルギーが必要です。

 

ESIとAPCIは似たような構造のイオン源を用いるイオン化法であり、両者とも加熱による脱溶媒プロセスが必要ですが、その意味は同じではなく、必要とされる熱エネルギーも大きく異なります。APCIが熱に不安定な化合物に不向きなイオン化法であると言われる所以は、そこにあると考えて良いと思います。

 

 

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DESIはアンビエント質量分析としても有用なイオン化法

先日のブログで、イメージング質量分析に用いられるイオン化法としてDESIを紹介しました。

DESIは、ESIと同様なイオン化法になりますが、厳密にはイオン化過程が少し異なります。

上のリンクに貼られた以前のブログに両方のイメージ図が載せてありますので参考にしてください。

ESIでは、キャピラリーから生成する帯電液滴に分析種イオンが含まれますが、DESIでは一次帯電液滴には分析種イオンは含まれません。

 

DESIの写真を示します。DESIでは、ステージの上に試料を載せて、その表面にキャピラリーから生成する一次帯電液滴を吹き付ければ、試料表面に存在する化合物をイオン化させる事が出来ます。写真は、タブレットの測定をしている時のものです。ステージは上下に可動しますので、数 cm位の厚さのものまで測定可能です。

DESI_tablet

 

この様に、試料を何の処理もせずにそのままの状態のまま質量分析する事を、アンビエント質量分析と言いますが、DESIはその一つの方法としてとても有用です。

タブレットを測定した時の、正負両イオン検出でのマススペクトルを示します。

DESI_tablet_mass spectra

 

タブレットの容器に表示されている成分表を見て、検出されているイオンの解析をしてみようと思っています。

 

DESIを使ったイメージング質量分析やアンビエント質量分析の受託のご依頼を受けています。

お気軽にご相談下さい。

 

 

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イメージング質量分析に用いられるイオン化法:DESI

少し前から、イメージング質量分析(IMS)について書き始めました。
平面状試料表面の微小領域からイオンを生成させるイオン化法は幾つかありますが、有機分子の
観測には、従来マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(matrix assisted laser desorption /
ionization, MALDI)が多用されています。最近では、主としてLC/MSに用いられるエレクトロスプレー
イオン化法(electrospray ionization, ESI)ベースのDESI(desorption electrospray ionization,
脱離エレクトロスプレーイオン化法)も用いられています。

ESIについては、大分前にこのブログで紹介しています。

ESIとの違いと言う観点を中心に、DESIについて紹介します。

 

図1にESIとDESIの概念図を示します。

ESIとDESI
ESIとDESIの違いは、ESIはキャピラリーから生成する帯電液滴に試料成分のイオンが
含まれていますが、DESIでは一次帯電液滴には試料成分のイオンは含まれていない事です。
DESIでは、水/メタノールなどの溶媒をエレクトロスプレーする事で一次帯電液滴
を生成させ、それを試料表面に衝突させます。一次帯電液滴は大量の溶媒を含み、濡れた
状態のまま試料表面に衝突します。試料表面に存在する成分は溶媒によって抽出されると
共に、一次帯電液滴との電荷交換(主にはプロトン移動)によって、二次帯電液滴となって
バズーカチューブに吸い込まれます。二次帯電液滴はバズーカチューブ内で脱溶媒され、
生成したイオンがコーンを経て真空領域に導入されます。

 

DESI用のキャピラリー(スプレーチップ)の先端内径は数 µmであり、ナノESI用と同程度のサイズ
です。溶媒の送液量は2~5 µL/minであり、窒素ガスの補助を用いなくても、高電圧の作用だけで
帯電液滴が生成する量ですが、実際のDESIでは窒素ガスにより液滴の生成を補助しています。
その理由は、一次帯電液滴に対して窒素ガスの圧力によって大きな運動エネルギーをもたせ、
二次帯電液滴の生成にある種のスパッタリング作用を用いるためと推測されます。

 

IMSには、分析目的によっては高い空間分解能が要求されますが、DESIの空間分解能はMALDIより
低く、50~200 µm程度です。一次帯電液滴が電荷反発によって広がってしまい、大気圧下では
それを絞る事が困難であるためです。空間分解能はMALDIより低いですが、DESIはESI同様ソフト
なイオン化であるため、MALDIではフラグメンテーションを起こしてしまうような化合物の分析
に有効です。また、DESIは大気圧イオン化法であり、試料を載せるステージはある程度の広さと
高さがあるため、平面状試料のIMSに限らず、アンビエント質量分析として、様々な形状の試料の
表面分析に用いる事が出来ます。DESIユニットの写真を図2に示します。

DESIユニット写真

 

 

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ESIにおける脱溶媒温度変化に伴うスペクトル変化を利用した分子質量推定法

十数年ぶりに自分で論文を書きました。日本語ですが。

別刷りご希望の方、お知らせ頂ければお送り致します。

ESIにおける脱溶媒温度変化に伴うスペクトル変化を利用した分子質量推定法

 

正直言って余り実用的ではありませんが、マススペクトルの解釈と言うか現象的には面白いと思います。

ご興味ある方、是非読んでみて下さい。近々、JSTAGEにもアップされると思います。

 

 

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マススペクトル解析に知っていると役立つマスディフェクト値について

2020年最初の質量分析に関する話題です。

 

お仕事で質量分析に携わっている皆さんは、マスディフェクト値と言う用語を知っていますか。マスディフェクト値とは、日本質量分析学会が発刊しているマススペクトロメトリー関係用語集では、“ノミナル質量からモノアイソトピック質量を差し引いた値”と定義されています1)

例えばベンゼン(C6H6)では、ノミナル質量は78、モノアイソトピック質量は78.04695ですから、マスディフェクトは-0.04695となります。また、同じ芳香族化合物であるアントラセン(C10H14)の場合、ノミナル質量は178、モノアイソトピック質量は178.07825ですから、マスディフェクトは-0.07825となります。つまり、当然ですがモノアイソトピック質量の小数点以下の数値が大きいほど、マスディフェクト値は小さくなります。

通常の有機化合物の主な構成元素は、C, H, N, O, P, S, Clなどであり、CHを中心としてそれ以外の元素が含まれる場合が多いと思います。それぞれの主同位体の精密質量は、12.000…, 1.007825, 14.003074, 15.994914, 30.973761, 31.972071, 34.968852であり、整数で近似した質量(質量数)より大きい原子はHNのみです。有機化合物の構造を炭化水素を中心に考えると、分子が大きくなるほどマスディフェクト値は小さくなり、O, P, S, Clなどの元素が含まれてくるとマスディフェクト値は少し大きくなります。

1は、縦軸に-マスディフェクト値、横軸に分子の質量をとったグラフです。マスディフェクト値に-を掛ける事で小数点以下の数値を表す事になります。分子量500程度の飽和炭化水素、リン脂質、ペプチドの例を●で示しましたが、同様な化合物の場合、分子量が小さくなると小数点以下の数値は、概ね●と原点を結んだ直線上に乗ってきます。

マスディフェクト-1

 

 

通常の有機化合物であれば、その構成元素はCHが中心であり、その他の元素は、含まれていても数はそれほど多くはありません。つまり、図1に示した直線は右上がりであり、その傾斜はある程度大きなものになる筈です。「分子量がこれ位であれば小数点以下の数値は大体これ位になる」という事を、大雑把で良いので覚えておくと、それから大きく外れるマスディフェクト値を示すイオンが観測された時、「これは通常の有機化合物ではなく、夾雑物由来のイオンかも知れない」と判断する事が出来ます。

よく観測される夾雑物として、シロキサンとフッ素系化合物の例を加えて図2に示します。シロキサンはCの替わりにSiが入るため、小数点以下の数値が小さくなります。また、パーフルオロ脂肪酸のようなフッ素系化合物は、Hの替わりにFが入るため、-マスディフェクトがマイナスの値を示します。

マスディフェクト-2

 

マススペクトルで観測されるイオンのm/zの小数点以下の数値については、四重極質量分析計のような低分解能装置では表示しない事が多い(整数表示)ですが、高分解能質量分析計をお使いであれば、マスディフェクト値は是非気にして見るようにして下さい。

 

 

引用文献

 

 

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