2019年3月13日

LC/MSで観測されるシロキサン系化合物由来のバックグランドイオン

LC/MSで頻繁に観測されるバックグランドイオンの代表例は、少し前のこのブログで書いた可塑剤由来のm/z 391, 413イオンですが、他にも色々と知られています。

その1つは、シロキサン由来のイオンです。そのマススペクトルを図1に示します。これは、可塑剤由来のイオンと同様、正イオン検出で観測されます。

シロキサン由来のマススペクトル

図1 シロキサン由来のバックグラウンドイオン

 

 

☆印を付けた4つのピークのm/z差は何れも約74であり、これは(CH3)2SiOに相当します。これらのピークがシロキサン即ちケイ素原子を複数個含む化合物由来である事が判断できる理由は、各ピークの同位体パターンです。最も強度の高いm/z 536イオンはモノアイソトピックピークであり、m/z 537, 538, 539は同位体イオンです。この同位体を含むピーク群は、非常に特徴的な同位体パターンを示しています。それは、m/z 536ピークに対して+1および+2の同位体ピークの相対強度が非常に高い事です。+1は約45%、+2は約30%を示しています。通常の有機化合物の構成元素はC, H, N, O, P, S, Clなどですが、+1の同位体ピーク強度に寄与する元素は主にC、+2の同位体ピークの強度に寄与する元素はSとClです。図のマススペクトルにおいて、+1の強度からCは40個程度、また+2の強度から、Clであれば1個、Sであれば7~8個含まれている事になります。

 

このマススペクトルを測定したのは質量分解能約20,000の高分解能質量分析計であり、ロックマスは使用していませんが、まずまずの質量確度は得られています。その事は、前のブログにも書いたフタル酸ビス(2-エチルヘキシル)のプロトン付加分子がm/z 391.2865に観測されている事で分かります。このイオンの計算精密質量は391.2843ですから、実測値との誤差は0.0022 Da2.2 ppm)です。つまり、m/z 536イオンについても、フタル酸ビス(2-エチルヘキシル)のイオンと同程度の質量確度で精密質量が観測されていると考えられます。

 

そこで、536.1666m/z値に対して、Cl1つ含むC, H, N, Oで、許容誤差5 ppmで組成推定を行うと、表1の様な結果が得られました。また、S510個含む元素候補で計算させた場合、表2の様になりました。

 

表1 C, H, N, O, Clで計算したm/z 536イオンの分子式

組成推定_mz536-1

 

表2 C, H, N, O, Sで計算したm/z 536イオンの分子式

組成推定_mz536-2

 

それぞれ、Cの数が最も多い候補の元素組成に対して同位体パターンをシミュレーションさせた結果を図2, 3に示します。実測スペクトルに対して+1の同位体ピーク強度が明らかに低い事が分かります。

同位体シミュレーション_含Cl

図2 C26H31NO9Clの同位体シミュレーションスペクトル

 

同位体シミュレーション_含S

図3 C21H46NS7の同位体シミュレーションスペクトル

 

次にSi510個含む元素候補で計算させた結果を表3に示します。

 

表3 C, H, N, O, Siで計算したm/z 536イオンの分子式

組成推定_mz536-3

このイオンがシロキサン由来であるとするなら、Nは含まれない筈ですが、別の測定においてこのイオンは[M+NH4]+である事が分かっていますので、下段の2つが候補としては有力で、それらの同位体シミュレーションは図4, 5のようになります。

同位体シミュレーション_含Si-1

図4 C14H46NO7Si7の同位体シミュレーションスペクトル

 

同位体シミュレーション_含Si-2

図5 C15H42NO10Si5の同位体シミュレーションスペクトル

 

 

4のパターンは、実測スペクトルにかなり近い事が分かりますが、+1, +2の同位体ピーク強度は実測スペクトルより低くなっています。

そこで、図4+1および+2の同位体ピークを拡大したものを図6, 7に示します。

同位体シミュレーション_含Si7_+1  同位体シミュレーション_含Si7_+2

図6 図4のm/z 537ピークの拡大図          図7 図4のm/z 538ピークの拡大図

 

これらは、異なる元素由来の同位体ピークであり、m/z 差からこれらのピークを分離するための質量分解能を計算すると100,000以上になりました。

今回の測定で使用した装置の質量分解能は約20,000ですから、これらの同位体ピークは分離されず1本に集約されてしまっている事になります。

因って、実測スペクトルの+1, +2の同位体ピーク強度が図4のシミュレーションよりも大きい事は妥当であると言えます。

 

これらの事から、図1のマススペクトルで観測されているm/z 536イオンの分子式はC14H46NO7Si7であると推測されます。

そして、その構造は、二重結合を1つもつ図8の様になると推測されます。同位体パターンから様々な知見が得られる事が分かりますね。

 

推定構造_シロキサン_mz536

図8 m/z 536イオンを与える化合物の推定構造

 

なお、これらのシロキサン由来のバックグラウンドイオンは、水/メタノールの移動相でメタノールリッチな条件でよく観測されます。

今までに沢山のクライアント様のLC-MS装置を見てきましたが、概ね80%程度の装置でこのバックグラウンドイオンが観測されているように思います。

 

 

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