2020年9月

プロトン移動を伴うイオン化におけるイオン化抑制

大分前に、エレクトロスプレーイオン化(ESI)におけるイオン化抑制について書きました。

中でもネブライザーガスを使うタイプのESIでイオン化抑制が起こり易く、スケールダウンをすることでイオン化抑制が抑えられます。

 

ESIは、現存する質量分析のイオン化法の中で、恐らく最もイオン化抑制を受けやすいイオン化法ですが、それ以外にもイオン化抑制を受けるイオン化法はあります。

それは、タイトルにもる”プロトン移動を伴うイオン化”です。

 

プロトン移動を伴うイオン化は沢山知られています。代表的なのは、

CI, FAB, FD, MALDI, APCI, APPI, そして勿論ESI。

 

プロトン移動を伴うイオン化におけるイオン化抑制で支配的なのは、プロトン親和力(proton affinity, PA)の関係です。

 

上に挙げたイオン化法において、イオン生成領域で分析種(A)と夾雑成分(M)が共存し、それぞれの1分子が1つのプロトン(H+)を取り合ったとします。

つまり、こう言う↓状態です。

A-Proton-M

 

ここで、MがAよりPAが大きければ、プロトンはMに引っ張られるので、以下のようになります。

A-Proton-M-MH

 

プロトン移動によるイオン化プロセスは、CIやAPCIでは気相で起こるし、ESIやFABでは液相で起こります。

気相イオン化か液相イオン化かによって、同じプロトン移動によるイオン化でもイオン化抑制の程度は変わるかも知れませんが、ESIが他のイオン化に比べて特にイオン化抑制が起こり易いのは、このプロトン移動の他に以前のブログで解説した原因があるためです。

 

最近の質量分析で用いられるイオン化法は、EI以外の殆どはプロトン移動を伴いますので、プロトン移動によるイオン化プロセスを理解する事は、質量分析を考えるうえで非常に重要だと思います。ちなみに、ここで挙げたイオン化法では、正イオン検出においては、プロトン付加のほかにナトリウムイオン付加やアンモニウムイオン付加が起こる事がありますが、これらのイオン付加についても同様に考える事が出来ると思います。

 

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エムエス・ソリューションズ株式会社
代表取締役 髙橋 豊
E-mail: tyutaka@ms-solutions.jp
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ESIとAPCIの脱溶媒プロセスの違い

久しぶりに質量分析のイオン化原理に関する内容で書いてます。

 

LC/MSで用いられるイオン化法の代表例を二つ挙げるとすると、殆どの人がESIAPCIを挙げるでしょう。殆どのMS装置メーカーからLC-MS装置が販売される時、ESIが標準でAPCIがオプションと言うケースが多いため、両者の使用頻度を比較すると、ESIの方がよく使われているという事になります。両イオン源は構造がとても良く似ています。そして、イオンが生成する過程においても、類似のプロセスがあります。その一つが加熱による脱溶媒プロセスです。今日は、その事について考えてみましょう。ESIAPCIのイオン源の概略を図12に示します。また、ESIでイオンが生成する様子を模式的に示したものを図3に示します。

 

nebulizer ESI ESI

 

図1 ESIのイオン源の概略図(左:空圧ネブライザータイプ、右:ナノ、ミクロタイプ)

 

APCI

図2 APCIのイオン源の概略図

 

ESIイオン生成

図3 ESIにおけるイオン生成の模式図

 

 

先ずESIでは、キャピラリー先端部分で分析種は既にイオン化しています。つまり液相でのイオン化です。例えば正イオン検出条件で[M+H]+が生成した場合、対向電極であるオリフィスやコーンに相対的にマイナスの電圧が印加されている状態であるため、その電圧の引力によって液体の塊から帯電液滴となって大気中に飛び出します。帯電液滴には、分析種のイオンや夾雑成分のイオン、溶媒のイオン、そしてそれらのイオン化していない状態の中性分子、それらが含まれて一塊になっており、そのサイズはµmオーダーで、質量分析計内部に侵入するには大き過ぎます。帯電液滴は加熱される事で揮発性の溶媒が蒸発し、そのサイズは小さくなっていきます。そうすると液滴内のイオン同士の電荷反発によって液滴は分裂、あるいは液滴の外側にあるイオンが飛び出します。ESIにおける脱溶媒プロセスは、帯電液滴の電荷反発やイオン蒸発を誘発させるために行われます。つまり、帯電液滴はそれ程加熱しなくても、イオンは生成すると言う事です。

 

一方APCIでは、試料溶液は空圧ネブライザーによって中性状態の液滴になります。APCIでのイオン化は放電電極の近傍で起こり、気相でのイオン化であるため、分析種分子やイオン化に関与する溶媒分子は、加熱によって気相単分子の状態になっている必要があります。そのため、液滴は十分に加熱して乾燥させる必要があり、ESIよりも高い熱エネルギーが必要です。

 

ESIとAPCIは似たような構造のイオン源を用いるイオン化法であり、両者とも加熱による脱溶媒プロセスが必要ですが、その意味は同じではなく、必要とされる熱エネルギーも大きく異なります。APCIが熱に不安定な化合物に不向きなイオン化法であると言われる所以は、そこにあると考えて良いと思います。

 

 

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